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一歳の誕生日に、当時イーストマン・コダックに勤めていた祖父がもらった宝物がある。それは、ナショナル・ジオグラフィックの写真をふんだんに使った世界地図である。
その後も、ことある事にナショジオやライフの写真集をもらったり、見せてもらったりしたことが影響したのか、自分の意思でカメラを握る頃には、「ドキュメンタリーこそが私の進む道」と心に誓っていた。
だが、現実はあまくはない。テレビも普及し、時代も変わった。時間もお金もかかるスチール・カメラのドキュメンタリーを求む出版社も少なくなり、「ドキュメンタリー命」を掲げた雑誌も次々に廃刊していった。
いや、正確には「求まない」のではない。
「経費を払わなくても良いなら、数ページ割いてもイイ」というのが本音だろう。編集者によっては、「紛争地帯でかわい子ちゃんのヌードが撮れたらお金出すよ」という意見まで飛び出す。だが、それも時代であり、バブルがはじけた頃にプロ・カメラマンになった人にとっては、それが現実。
ただ、ここで愚痴をこぼす気は毛頭無い。
悲劇と、争いと、貧困を追うだけの古い形のドキュメンタリーはその使命を終えようとしている。人類の醜さをえぐるように切り取るドキュメンタリーが必要がないと言っているのではない。要はそこに陰だけではなく、光を探すための鍵があるかないかだと思う。
「なにか、新しい形でドキュメンタリーを提示できないか、なんらかの方向で、ドキュメンタリーにかかわれないか」、と道を模索している間に出会ったのがポートレート写真である。
もちろん、ポートレート写真がドキュメンタリーの進化した姿とは思わない。だが、ある意味、ポートレートはドキュメンタリーを最も凝縮した写真であると思う。十年追えないなら一年、一年追えないなら一ヶ月、一ヶ月追えないなら一週間、それでもダメなら一日、そして一日も無いなら一時間、いざとなれば一分で勝負して、その被写体の人生を映し出す。それがドキュメンタリーの流れで生まれたポートレート。
同時に、同じテーマで多くのポートレート写真を組み合わせれば、それはれっきとした長編ドキュメンタリーである。そう思うようになった私は、積極的にポートレート写真を撮るようになった。インタビュー写真だろうが、アーチスト写真だろうが、広告の写真だろうが、人間ルポだろうが関係ない。どんな人にも物語はあり、その物語を「撮る」ことが、長い目で見て、私の撮るドキュメンタリーの第一歩であると確信したのだ。
スタジオ上がりの写真家ではない私に依頼される多くの仕事は、「とにかく現場で、臨機応変に対応しながら、なんとか5分から10分で仕事をしてくれ」と言った内容だ。
雑誌の仕事だけでなく、広告の仕事でも同じ。ほとんどの場合がスタジオではなく、何の変哲もないホテルの一室。そこから勝負が始まる。
与えられた条件で、与えられた時間内に、その人物をドキュメントする。それが現在の私のドキュメンタリーであり、ポートレート。
これからも、ドキュメンタリーの進化した形を追い求めながら、ポートレート写真という人間ドキュメントを自分なりに磨いていきたい、それが現在の私の切なる願いです。 |